奇蹟と五月と/おわかれではない、雨 2025/04/20~2025/06/25
ほさきから、ひらたさんへ 2025.4.20(日) 交換日記の編集画面にログインするためにゆうさんとweb通話しつつ作業しました。気がついたらセキュリティがとんでもなく厳しくなってましたね……お手数をおかけしました。 前回の日記をゆうさんにアップしてもらって久しぶりに読み返したのですが、我ながら2年前とあまりに状況が変わっていて、前世を見てるようだと思いました。異世界転生ってこんな感じでしょうか。 既にゆうさんはご存じの話ですが、前回の日記から約一か月後(つまり2023年11月)、わたしはコロナ後遺症で寝たきりになりました。 アミノバイタル飲んで良かったとか言ってる場合じゃなかったぞと今ならわかりますが(前回の日記参照)、当時はどうにか「普通」でいなければ、しがみつかなければと必死でした。 この日記にも、またSNSでもはっきりとは書いていませんでしたが、そもそもわたしは2021年の秋からコロナ禍対応等からくる抑うつで休職し、2022年夏に復職していました。それから半年後、多分まだ諸々が回復しきってなかった頃に今度は対人関係やコロナ感染と後遺症でやられてしまったわけですが、色々ごまかし続けていたものに強制的に向き合わされたような感もあり、今や記憶の中でこの数年は1セットになっています。 幸い医療の世界では既に後遺症について色々知見が溜まっていた&発信しているお医者さんを以前からSNSでフォローしていたこともあり、お薬と自宅療養で徐々に回復、7か月後には合唱公演で通しで歌えたし、復職もできました。もう結構元気なのだと思いますが、この4月からの部署は秋に出張があると確定しており、戦々恐々です。 今カレンダーを確認したら短歌の講座再開の話があったゆうさんの誕生日は、わたしが舞台で歌った一週間後でした。もう講座も再開から1年が経ち、先日の年度末最後の講座では、なんだかもうずっと前から通ってたみたいだねと通っている人たちと話していましたが、当時は資生堂パーラーで講座再開の話をしながら、すごく励まされていた記憶があります。失くしたものが戻ってきたような。 それにしてもコロナの話をテレビで本当に見なくなったな、と思います。昨年冬から暫くは感染者が増えていたようで人によっては知り合いが複数人、感染したという話も聞くのですが、テレビやSNSでは本当に見なくなりました。その一方で後遺症に...