2021/8/28 - 9/10 直接触れられない苦しさ / 命の輪郭

404 not foundから、ほさきさんへ

2021/8/28(土)

少し前に鉢植えのガジュマルを買いました。
植物に挑戦しては根腐れさせたり枯らしてばかりいるという話は以前も書いたかと思うのですが、何度目かの正直です。ガジュマルを迎えてから、朝の日課に「土の様子を見る」が追加されました。乾いているのか乾いていないのか、まだいまいちわからないのですが、今度はだめにしてしまわないように、じっと観察しています。ちなみに最近は土の様子を見たあと、語学学習アプリのduolingoを小一時間やっています。英語への挑戦も何度目かの正直です。はじめて1か月が過ぎましたが、いまのところ途切れさせることなく続けられています。

起きてから、豆乳とデザート用の寒天を使って(たぶん通常の寒天よりもやわらかく仕上がるものです)、豆花を作りました。スプーンで掬った豆乳寒天に1センチ角に切って火を通したかぼちゃ、金時豆、白きくらげを盛り、そこに台湾ウーロン茶50ccに自分で作ったシロップを少し垂らしたものを注ぎました。yenさんも以前食べてましたが、確かに普通のお豆腐を買ってきて作るでもいいなあと思ったり。もしかしたらウーロン茶を紅茶などに変えてもおいしいかもしれません。

2021/8/30(月)

昨夜、夕飯を作っているときに火傷をしてしまい、冷やしていたのですが痛みがなかなか引かず。家のひとに、朝一で病院に行くようにと言われていたものの、一晩たって痛みが引いていたので、病院行かなくてもいいんじゃないかしらんと伝えたら、そうやってすぐ病院を避けて! いまのあなたは骨折をしているのに痛みが引いたからといって病院に行かないひとと同じですよ、と怒られてしまいました……。

どうにも病院が苦手で、行かない理由をつらつらといくらでも並べるので、これについての信用はありません。大したことのない火傷で病院に行くのは恥ずかしく、かつ身体を触られるのが苦手なので、どうにも居心地は悪かったですが、お医者さんも看護師さんもしゅくしゅくと処置をしてくれました。自分のけがの程度を恥ずかしく思っているのはわたしだけなんだな、とぼんやりしてしまいました。

yenさんの日記を読んでいて、8月初旬にWHOがブースター接種について、9月末までは停めるよう要請を出していたことを思い出していました。そのニュースのなかで、これまでに投与されたワクチンの80%以上は、世界人口の半分に満たない高所得国や高中所得国に供給されたことが示されていました。各国の人口10%が接種完了するまでは、ブースター接種は控えて、という呼びかけの、10%という数の少なさにも複雑な気持ちになります。8/30現在、日本では人口の40%程度は2度のワクチン接種が完了していると思えば、随分進んでいるほうだとも捉えられなくもありません。地球全体でCovid-19を抑え込まなければ今の生活が終わらないのであれば、日本国内だけの文脈ではなく、もう少し違うロードマップを国は示してほしい、と思いつつ、あんまりそれについての強いメッセージを求めるのも、怖いような気がします。すでに材料は揃っている。だとしたら、個人のレベルでその視点を持つ努力をするほうが、よっぽどいいのかな。どうなんでしょう。

2021/9/3(金)

火曜日にワクチンを接種し、それから二日間、高熱が出ているわけでもないのに、ただ起き上がれず横になっていました。眠気とだるさが続いて、かといって高熱になるわけでもなく、37度前後をうろうろしている感じで、高熱でもないのに仕事を休んでいるなんて、と変にマッチョな404が顔を出したりしていました。誰に責められているわけでもなく、自分が一番自分を責めるので、いやになってしまいます。

横になっている間、過去の嫌な出来事を思いだしたりしてしまい、勢いにまかせて以前教えてもらったオンラインカウンセリングサービスに申し込みました。申し込んだときは何かに頼りたい、助けてほしい、と思っていたのですが、カウンセラーさんに伝えたいことを書き出していたら、短期的に具体的な何かを解決したい、というよりも、誰かに話すのが怖いと思っていることをできるだけ棚卸ししたいなという気分になりました。
普段「大丈夫」「なんでもない」と思ってしまっていることを、「わたしはこれが苦しいし、誰かに聞いてもらいたいと思っている」と自覚する機会になったらと思っています。なんでもない、なんでもない、と思いがちなので、なんでもなくなかった、と思えるところまで、続けてみるつもりです。

しかし、誰かに向けて何かを話したり、話を聞いたりするのは、それだけで視界が開ける感じがしますね。自分ひとりだけでは自分の姿が見えないというか……。職場で、自分の手で直接何かを作るわけでもないとき、モチベーションをどう維持するか、苦しさをどうするか、という話が出て、それ! と思いました。それだよ~~~と思いました。もやもやと感じてはいたのでしょうが、まだまったく言葉になっていなかったことが突然鮮明になってびっくりしました。また、自分がそのことに苦しさを感じていたとは思っていませんでした。どうりでここ数か月、謎に停滞してると思ってた。

何かしらを作る業界の隅で、現場監督のような仕事をしてはいますが、企画やプランを作り、進行し調整する役はしても、制作はクリエイターにしてもらうとき、自分が作ったとは言えない苦しさがついてまわることを抱えていたのだと、今更ながら自覚したのでした。年齢的にそろそろ直接作ることへの執着を捨てて、別の方向に舵を切らないといけないのかな、と思ったり、いやいや直接手を動かさずとも作ってるって思っていいんだよ、と思ったり、あきらめないで、と思ったり。しばし右往左往したいと思います。いずれにせよ、どうしたら愉快に過ごせるかを考えなければ。


ほさきから、404 not foundへ

2021/9/4(土)

はしもとみお木彫展に行ってきました。

とても生き生きした動物彫刻で有名な作家さんで、彫刻も床に直置きされたり、瞳をひょいと覗き込めるような位置に置かれていました。わたし自身はとても動物好き……というわけでは実はないのですが(よくある話ですが幼稚園の頃、大きい犬から逃げようと走ったら追いかけられたのです)、 なんというかその動物の一番いい表情、瞬間を切り取ったような作品ばかりで、動物と暮らしている人ならこの人に彫って欲しくなるだろうな……と思いながら、この生命感はどこからくるのだろうとなんどもなんども目を覗き込んでみていました。

阪神大震災をきっかけに命とは「輪郭があること」だと思ったという作家さんの言葉が印象的でした。

2021/9/5(日)

一気に寒くなったのでうさぎ達のりぼんも秋仕様になりました。


かわいくなったからおしゃれなお店におでかけしたい、と主張されています。

2021/9/10(金)

相変わらず毎朝追いかけている朝ドラですが、今朝はプロフェッショナルについての言葉が出てきたのが印象に残りました。気象予報士という専門家である以上、伝えるデータが正確であることは当然の前提だ。ではその先にあるもの、目指すべきはなにか。人は情報処理能力の関係上、どうしたって「信頼できそうな人」の話をよく聞く傾向がある、だからわたし達は「信頼してもらえる人」にならなければならないのだ……そんな趣旨の科白でした。

気象予報士という専門家の仕事についての話ですが、気象予報士には限らない話だなと思います。

発熱、というほどではないけれどなんとなく熱が籠ったような感じがあり、ふと思いついてTwitterを検索したらワクチン接種以降基礎体温が上がったというtweetを複数見つけて、もしやこれかと腑に落ちた感がありました。言われてみれば確かに、iphoneで記録している日々の体温はワクチン接種以降、全体的に上がっています。もともと体温がとても高い体質でもないのであまり気にしていなかったのですが……いやはや、という感じです。

コロナのワクチンで婦人科系の副反応(ただしメカニズムの詳細は明らかではない)がある場合もあるということをわたしはBBCのニュースで知りました。韓国では副反応の項目にしてほしいという請願も上がっているようですが、例えばこうした海外ニュースやSNSでの誰かの体験談を知らなかったらどう思っていただろうと思います。このあたりについては最近ようやく厚労省の専用サイトでも言及されましたが、BBCの説明とはずいぶん印象が違う感があります。

ちなみにわたしも職場の健康診断で、ワクチン接種後一週間なら影響なんてないと言われたのですがその後日本赤十字など病院によってはそれなりに期間を空けないと検査結果に影響が出る可能性があると記載しているのを知り、びっくりしたことがあります。こう言ってはなんですが、こうして人は医師や医療政策、現代医療に不信感を抱くのだろうか……とちょっと思いました。

それが副反応であるかどうか、そのメカニズムは明らかになっていない(だからこれから研究する必要がある)、という言葉は科学者としては誠実な言葉です。が、不安を抱えた人に対する言葉としてはうまく届かない場合があり、人によっては明らかでないならばやはり危険なものなのだという結論に一足飛びで行くこともある……というのは、東日本大震災後の放射能に関する議論と重なって見えます。よらしむべし知らしむべからずという態度を取られれば不信はなおさら、深くなるでしょう。女性の健康は軽視されがちだとはBBCニュースの研究者の言葉ですが、基本的に医療研究は健康な成人男性を第一の基準にしているのだろうなとは思います。それは恐らく国の政策なども同じです。

その一方で親戚と話していると副反応に限らず、たとえばマスクの選択やワクチンの予約などについて、入ってくる情報量がそもそもあまりに違うことを痛感します。恐らくSNSである程度積極的に情報収集をしているかどうか、が大きいのでしょう。知っている人は知っているけれど、知らない人は知らない、というその差があまりに大きい。

傷つかないで済むならその方が絶対にいいのだ。
朝ドラではそんな言葉も出てきていました。

大丈夫、とみんな言ってほしいだけなのだと思います。わたしも。

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